京都府・安土桃山
Momoyama京都府 の安土桃山時代(1573 – 1603)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都市中京区の二条城は慶長8年(1603年)に徳川家康が入城し、寛永3年(1626年)に大改修された城郭。書院造の典型とされる二の丸御殿6棟が国宝、門・櫓・本丸御殿など22棟が重要文化財で、国内の城郭に残る唯一の御殿群である。
京都市上京区にある神社で、本殿と拝殿を石の間がつなぎ、拝殿の両側に楽の間が接続する。石の間は床が一段低く、化粧屋根裏とする。慶長12年(1607年)の造営で、昭和34年(1959年)に国宝へ指定された。
京都市左京区の南禅寺にある建物で、大方丈と小方丈が接続して1棟をなす。構造欄には内陣や鳴滝の間、鶴の間など部屋の名が並び、畳数で呼ばれる部屋も混じっている。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
仁和寺金堂は慶長年間の御所紫宸殿を寛永20年(1643年)に移した本堂で、1953年に国宝に指定された。近世の紫宸殿として唯一の遺構とされる価値、蔀戸や瓦の仙人などの見どころ、内部拝観の条件を紹介する。
京都市東山区の豊国神社にある桃山時代の四脚門で、前後が唐破風、側面が入母屋造、檜皮葺である。伏見城の遺構と伝え、二条城と金地院を経て明治に現在地へ移された。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
京都市下京区の本願寺にある三重こけら葺の楼閣で、南面と北面が25.8メートル、東面が11.8メートル、西面が12.5メートル。東西で長さが違っている。昭和26年(1951年)に国宝へ指定された1棟である。
京都市右京区の陽明文庫が所有する近衛信尹の自筆記録で、7巻18冊6通からなる。附指定された原文書のほうを、本体が似寄りの料紙をあつらえて筆写している。令和5年(2023年)に重要文化財となった記録である。
京都市東山区の智積院が所有する桃山時代の屏風一双で、指定番号は00042、附指定はない。作者は記録されておらず、名称の表記がその空白をそのまま示している。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された一双。
京都・青蓮院宛てに後陽成天皇が認めた国宝の御消息。慶長伏見地震直後に書かれたとされるこの宸翰の書道史的価値、歴史的背景、鑑賞の見どころを詳しく解説します。
京都市北区の大徳寺塔頭・黄梅院本堂は、桁行19.1メートル、入母屋造本瓦葺の方丈建築で、大正11年に重要文化財に指定された。雲谷等顔筆の障壁画四十四面と前庭の破頭庭を伝え、春秋の特別公開時のみ拝観できる。
京都市南区の東寺の子院、観智院の客殿。慶長10年(1605年)建立の入母屋造・妻入りで、唐破風付きの車寄せを備え、中世の住宅様式から書院造へ移る姿を示す国宝。上段の間には宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」が残る。
東寺の南大門から金堂・講堂・食堂へ続く南北軸の北端に立つ桃山時代の八脚門。慶長6年頃の建立で、12本の柱で屋根を支える。伽藍と子院の区域の境に立つこの門の役割、軸線を確かめる見方、京都駅からの行き方を紹介する。
東寺の本堂で、文明の土一揆による焼失から約100年後の慶長8年に豊臣秀頼が再建した国宝。和様に禅宗様と大仏様を交えた構成、裳階中央の切り上げ、仏師康正が慶長8年に造った薬師三尊と十二神将、通年の拝観時間と料金を紹介する。
東寺の東側に建つ八脚門で、南北朝時代に足利尊氏の軍が扉を閉ざして難を逃れたことから不開門と呼ばれる。文化庁は慶長10年の建物と記録し、東寺は矢の痕が残ると紹介する。文化庁と東寺で異なる年代の記録も整理して紹介する。
九条通に面する東寺の正面の門。先代が明治元年に焼失したため、明治28年に三十三間堂の西門を移築した。慶長6年建立の八脚門で、伽藍の南北軸の起点に立つ。運慶・湛慶の仁王像を祀った先代の門から移築までの経緯と、見学のしかたを紹介する。
京都市東山区の高台寺表門。桃山時代の三間の薬医門で、切妻造・本瓦葺の屋根を架ける。北政所ねねが慶長11年に開創し、徳川家康の援助で壮麗をきわめたと伝わる高台寺の開創期に建てられた門で、明治40年に重要文化財に指定された。
京都市東山区の高台寺開山堂。慶長10年(1605年)建立の入母屋造・本瓦葺の仏堂で、もとの持仏堂とされる。開山堂を中心に東西に広がる池庭は小堀遠州の作と伝えられ、開創当初の境内の構えを今に伝えている。
京都市東山区の高台寺観月台。桃山時代の桁行・梁間とも1間の小さな建物で、三方に唐破風を付けた檜皮葺の屋根をもつ。その名の通り月を眺めるための建物で、昭和28年(1953年)に国の重要文化財に指定された。
京都市東山区の高台寺霊屋。慶長10年(1605年)建立の宝形造・檜皮葺の堂で、豊臣秀吉と北政所を祀り、北政所像の下が墓所となる。須弥壇と厨子は桃山美術を代表する「高台寺蒔絵」で華麗に飾られ、今も残っている。
京都市右京区花園の妙心寺塔頭、衡梅院の本堂。慶長9年(1604年)の建立が明らかな入母屋造・こけら葺の方丈で、文化庁は禅宗の方丈形式をもつ本堂として形の整った例と評価している。昭和42年に重要文化財に指定された。