平安
Heian平安時代(794 – 1185)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都・東山、東福寺にほど近い尼寺法性寺の本尊。平安時代に桜材の一木造で刻まれた国宝の千手観音立像で、頭上に小面を重ねたおよそ二十七面という、ほかに例のない姿をとる。藤原忠平の建立した古刹に伝わる厄除けの秘仏である。
京都・東寺の鎮守八幡宮に伝わる僧形八幡神坐像は、僧の姿をとった八幡神をあらわした神像である。両脇の女神坐像とともに一本の霊木から彫り出されたと伝わり、九世紀にさかのぼる現存最古級の神像として国宝に指定されている。
東寺御影堂の後堂、秘仏・不動明王坐像の真上に懸かる国宝の木造天蓋。平安時代の作で、彫刻として国宝に列せられた稀少な一面である。非公開のこの荘厳具を、空海ゆかりの御堂と世界遺産の境内をめぐる旅の文脈からたどる。
京都・宇治の平等院鳳凰堂で、阿弥陀如来坐像の頭上を覆う国宝の木造天蓋。黒漆螺鈿の方蓋に宝相華透彫の円蓋を組み合わせ、中央の八花鏡が堂内に差し込む光を反射した。天喜元年(1053年)制作で、創建当初から堂内に残る。
京都・東寺の国宝、兜跋毘沙門天立像。中国・唐でつくられ、平安京の羅城門の楼上に立っていたと伝わる像高189.4センチの守護神である。邪鬼ではなく地天女の手の上に立つ独特の姿と、東寺での拝観方法を紹介する。
京都・鞍馬寺の国宝、毘沙門天三尊立像。中尊は左手を額にかざし、南の平安京を見守る独特の姿をとる。十一世紀の毘沙門天と善膩師童子に、大治2年作の吉祥天が加わった現存最古の三尊で、霊宝殿で間近に拝観できる。
京都最古の寺・広隆寺に伝わる像高313.6センチメートルの不空羂索観音立像。一面三目八臂の一木造で、818年の火災以前から金堂にあったと記録される古像である。現在は霊宝殿で、宝冠弥勒とともに間近に拝観できる平安期の国宝。
世界遺産・東寺の御影堂に秘された木造不動明王坐像。弘法大師空海の念持仏と伝わる平安時代の国宝で、一度も公開されたことがなくカラー写真も残らない。誰も見られない国宝と、その背後で今も続く朝の生身供をたどる。
京都・大原野の山裾に立つ宝菩提院願徳寺の本尊。像高約88.2センチ、カヤの一木造の菩薩半跏像で、平安前期の作とされる国宝。六臂が通例の如意輪観音に対し二臂のため、聖観音や虚空蔵菩薩とする説もある。撮影不可、要事前確認。
東寺講堂の立体曼荼羅を構成する国宝二躯。四面四臂で鵞鳥の座に坐す梵天と、象に半跏踏下坐で乗る帝釈天は、空海が唐から伝えた密教の図像を木彫に残す平安時代の名品である。承和6年(839年)の完成で、いまも講堂で常時拝観できる。
京都・醍醐寺の国宝・薬師三尊像。上醍醐薬師堂の旧本尊で、瓜形の薬壺と七仏薬師を表す光背をもつ十世紀彫刻の基準作。聖宝が起工し弟子が完成させ、二〇〇一年に山を下りて現在は下醍醐の霊宝館に安置されている。
康和五年(1103)、仁和寺の覚行法親王の発願で、名仏師円勢・長円がわずか三十三日で彫り上げた薬師如来坐像。像高約11センチの白檀像ながら、光背に七仏薬師、台座に十二神将を表す。両仏師の唯一の遺品として国宝に指定されている。
京都・高雄の神護寺金堂に立つ国宝、木造薬師如来立像。像高約170.6センチ、カヤの一木造で、厳しい表情と翻波式の衣文に平安初期の力強い様式が表れる。秘仏ではなく常時拝観でき、その量感を間近で見られる。
京都・醍醐寺に伝わる国宝「理源大師筆処分状」は、延喜7年(907年)に醍醐寺の開祖・聖宝(理源大師)が自ら記した管理権移譲の公式文書です。平安時代初期の僧侶の直筆資料として極めて貴重であり、日本仏教史・書道史の両面から高い価値を持つ一巻。世界遺産・醍醐寺の霊宝館特別展などで公開されることがあります。
京都・醍醐寺が所蔵する国宝「狸毛筆奉献表」は、弘法大師空海が嵯峨天皇に狸毛筆を献上した際の上表文の写し。平安時代初期の書道文化と筆づくりの歴史を今に伝える貴重な古文書の魅力と見どころをご紹介します。
京都・陽明文庫所蔵の国宝「類聚歌合」は、平安時代に行われた200余度の歌合を集成した比類なき文学遺産です。摂関家ゆかりの優美な書跡と和歌文化の神髄をご紹介します。
類聚古集は、京都の龍谷大学が所蔵する平安時代の写本16帖で、昭和28年に国宝に指定された。藤原敦隆が『万葉集』の歌を歌体と題材で分類し直した書で、現存唯一の写本であり、伏見天皇の宸筆といわれる花押がある。
京都・陽明文庫に所蔵される国宝「倭漢抄下巻(彩牋)」は、藤原公任編纂の『和漢朗詠集』下巻の零巻で、色鮮やかな唐紙に三跡の一人・藤原行成と伝わる格調高い書が施された平安書道の至宝です。華麗な彩牋と和漢の書が織りなす美の世界をご紹介します。
京都・神護寺に伝わる平安時代の両界曼荼羅2幅。花と鳳凰を織り出した紫の綾に金泥と銀泥だけで描き、現存最古の大曼荼羅とされる。天長年間に制作が始まったと考えられ、文覚が高野山から取り戻した。昭和29年国宝。
天安二年(八五八)に比叡山延暦寺西塔の宝幢院の鐘として鋳られた国宝の梵鐘。鐘身の内面に左文字で年紀を刻み、紀年銘を持つ梵鐘では国内で六番目に古い。口径に比して丈の高い長身簡素な姿で知られ、現在は守山市の佐川美術館が収蔵する。