安土桃山
Momoyama安土桃山時代(1573 – 1603)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
龍光院黒田家霊屋は、京都市北区の大徳寺塔頭龍光院にある桃山時代の霊屋で、平成28年に重要文化財に指定された。黒田如水と妻の五輪塔を安置し、数少ない桃山期の霊廟建築として価値が高い。
京都市東山区の三十三間堂の南側に残る桃山時代の築地塀。豊臣秀吉が東山の伽藍に三十三間堂を組み込んだ時代に、南大門とともに敷地の南の境界として造られた。桁行29間、本瓦葺。昭和12年(1937年)重要文化財。
京都・三十三間堂の南にある慶長5年(1600年)の三間一戸八脚門。豊臣秀吉が東山の伽藍に三十三間堂を組み込んだ時代に敷地の南の境界として造られ、秀吉の仏殿と南北の軸線上に並んでいた。明治33年重要文化財。
京都・妙心寺の塔頭玉鳳院に遺された小形武具。天下人豊臣秀吉が、わずか二歳で夭折した嫡男・棄丸のために作らせた甲二領・冑一頭・鞍一脊からなり、桃山時代の作として重要文化財に指定されている。玉鳳院は通常非公開。
重要文化財「紙本墨書豊臣秀吉消息〈四月十三日トアリ〉」の魅力を詳しく解説。天下統一を成し遂げた豊臣秀吉の人柄と桃山時代の息吹を伝える貴重な書状の見どころ、周辺情報、観覧案内をご紹介します。
京都・仁和寺が所有する重要文化財「住吉蒔絵机」は、桃山時代から江戸時代初期にかけて制作された漆芸の名品です。住吉大社の神域に立つ松に和歌を添えた「歌絵」の伝統を金蒔絵で表現し、詩情と信仰、日本漆芸の粋を一つの机に凝縮しています。現在は京都国立博物館に寄託され、特別展などの機会に公開されます。
京都・妙法院に伝わる国宝「ポルトガル国印度副王信書(羊皮紙)」は、1588年にポルトガル領インド副王ドゥアルテ・デ・メネーゼスが豊臣秀吉に宛てた外交書簡です。油彩細密画と金文字で装飾された羊皮紙に記され、1591年に聚楽第で献上されました。日本に現存するヨーロッパ起源の外交文書として極めて稀少な、大航海時代の日欧交流を物語る一級の歴史資料です。
京都・智積院に伝わる桃山時代の金碧障壁画で、床貼付4面と壁貼付2面からなる。豊臣秀吉が鶴松の菩提のため建てた祥雲寺の客殿に長谷川等伯一門が描いたもので、松の巨樹と草花を取り合わせる。昭和27年(1952年)国宝。
京都・智積院に伝わる長谷川等伯一門の金碧障壁画で、壁貼付9面と襖貼付2面からなる。等伯の「楓図」と、子の久蔵が25歳で描いた「桜図」を含み、秀吉が建てた祥雲寺客殿を飾った。昭和27年(1952年)国宝。
京都市東山区の智積院に伝わる長谷川等伯一門の金碧障壁画のうち、襖貼付4面に松と梅を描いた作品。豊臣秀吉が長子鶴松の菩提のため建てた祥雲寺の客殿を飾ったもので、昭和27年(1952年)に国宝に指定された。
京都市東山区の智積院に伝わる長谷川等伯一門の金碧障壁画のうち、床貼付4面に松の巨木と黄蜀葵、菊を描いた作品。豊臣秀吉が建てた祥雲寺客殿の床の間を飾ったもので、昭和27年(1952年)に国宝に指定された。
熊本市中央区にある近世城郭。宇土櫓や不開門、長塀など現存する13棟が昭和8年に重要文化財に指定された。慶長期と幕末の二世代からなる櫓群で、鉄筋コンクリート復元の天守は指定外。2026年8月現在は臨時休園中。
広島県廿日市市宮島町の塔の岡に建つ厳島神社末社豊国神社本殿は、豊臣秀吉が千部経の供養のため発願した大経堂である。秀吉の死により天井板も正面の階段も造られず、千畳閣の名で今も未完成のまま立ち続けている。
香川県三豊市仁尾、かつて仁尾城があった高台に立つ覚城院鐘楼。漆喰の袴腰が裾を広げる二層の桃山様式で、昭和22年指定の重要文化財。今も大晦日に除夜の鐘が撞かれ、瀬戸内を見下ろす境内からは父母ヶ浜へも近い。
佐賀市与賀町の与賀神社楼門は、三間一戸・入母屋造・銅板葺の重要文化財。大正2年と昭和25年という二つの指定年が併記される理由、和様に唐様が混じる斗栱の細部、参道に並ぶ慶長期の三の鳥居と石造反橋までを解説する。
庫蔵寺鎮守堂は三重県鳥羽市河内町の庫蔵寺にある慶長10年(1605年)の一間社流造・こけら葺の鎮守堂で、重要文化財。観光庁の解説によれば鳥羽城主九鬼嘉隆の子守隆が建て、子育てと安産の神の鬼子母神を祀る。
山形県鶴岡市の金峯神社本殿は、慶長13年(1608年)に最上義光を大檀那として建てられたと考えられる修験の本殿。もこし付の禅宗様仏殿形式に神社本殿の身舎を組み合わせ、もこし正面を向唐破風造とする特異な建築。
山形県鶴岡市羽黒町手向の羽黒山正善院黄金堂。源頼朝の寄進と伝わり、文禄年間に酒田城主甘糟備後守が建て替えた宝形造の堂で、羽黒山内最古の建物。三十三体の聖観世音菩薩を祀り、積雪期を除いて入堂参拝できる。
山形県米沢市の上杉神社が所蔵する浅葱地花葉文緞子胴服は、南蛮貿易で渡来したイタリアやイスパニア方面の緞子を表地とし、桃山時代の特色をよく示す仕立てで作られた重要文化財。家老・直江兼続が着用したと伝わる一領である。
宝永4年に米沢藩庫から破損状態で発見された越後国瀬波郡絵図。慶長2年以前に上杉氏の領国検地を反映して描かれ、城郭や村落、知行人名や縄高を彩色と墨書で記す。近世最初期の郡絵図の希少な現存例として重要文化財に指定されている。