室町
Muromachi室町時代(1336 – 1573)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
山形県天童市山元の若松寺観音堂。縁結びの寺で最上三十三観音第一番札所の若松寺の観音堂で、室町時代後期の建立とされ、慶長16年に最上義光が大改修した。5間四方の入母屋造で、外陣を内陣より広く取る構成をもつ。
山形県鶴岡市の致道博物館が所蔵する色々威胴丸。徳川四天王筆頭・酒井忠次の所用と伝わる室町時代末の重要文化財で、兜・頬当・大袖・籠手をそなえた一具。紫・紅・白の縅糸、阿古陀形の筋兜、銀象嵌で鼻髭を施した頬当が見どころとなる。
山形県米沢市の上杉神社に伝わる色々威腹巻〈兜・壺袖付〉。胴を背面で引き合わせる室町期の鎧で、三色以上の絹紐で小札を綴じ、兜の前立に飯綱権現を頂く。伝上杉謙信所用、昭和34年指定の重要文化財で、稽照殿に収まる。
山形県米沢市の上杉神社に伝わる、長さ約41.5センチの両刃の剣。表に七曜星と梵字、裏にも梵字を金銀で象嵌した室町時代の作で、伝・上杉謙信の禡祭剣とされる。数少ない七星剣の一つで、重要文化財。稽照殿で時期を限り公開される。
上杉神社が所有する絹本著色阿弥陀三尊像は、至大二年(一三〇九)銘をもつ高麗仏画の三幅。各尊が両脇侍を従える珍しい構成で重要文化財に指定されたが、一九八七年に盗難に遭い現在も所在不明である。米沢の見どころと併せて紹介する。
山口市の今八幡宮拝殿は、楼門と本殿の間に挟まる切妻造妻入・柿葺の小さな拝殿。釣屋で本殿の向拝につながり、山口県は権現造の先駆けとみる。明治40年(1907年)に重要文化財に指定。内部は申し出により案内を受けられる。
山口市の今八幡宮本殿は、文亀3年(1503年)に大内義興が造り替えたと伝わる三間社流造の社殿。明治40年(1907年)に重要文化財に指定された。内陣・外陣を囲む十数個の蟇股に、雲と日月や水と魚を彫る。内部は非公開。
山口市の今八幡宮楼門は、左右の翼廊に床を張り、門が拝殿を兼ねる楼拝殿の形をとる室町後期の楼門。明治40年(1907年)に重要文化財に指定された。上層側面の連子窓に大内菱を彫り、内部には靴を脱いで上がれる。
山口県光市の石城山の頂に建つ石城神社本殿は、文明元年(1469年)造営の重要文化財。大内政弘の再建と伝わり、正面入母屋・背面切妻の珍しい屋根や蟇股の彫刻に室町時代の特色が残る。八合目を巡る神籠石とあわせて訪ねたい。
山口県下関市の長門国一宮住吉神社の拝殿。天文8年(1539年)の建築で、毛利元就の寄進と伝わる。桁行3間・梁間1間の切妻造妻入で、屋根は檜皮葺。昭和29年(1954年)に重要文化財に指定された中世の社殿。
大内弘世が応安3年(1370年)に造営した山口県下関市の住吉神社の本殿。一間社の神殿5棟を相の間でつないだ九間社流造で、屋根には千鳥破風が5つ並ぶ。昭和28年(1953年)国宝。玉殿5基と棟札4枚が附指定。
笛吹市の甲斐国一宮・浅間神社の摂社で、社伝が創祀の地と伝える神山の麓に建つ本殿。永禄元年に武田信玄が再建した桁行二間の隅木入春日造で、側面の蟇股に兜と紅葉を彫る。附の棟札4枚とともに明治40年に指定された。
雲峰寺の仁王門は、参道の石段を登る参拝者が最初にくぐる三間一戸八脚門。入母屋造・銅板葺で室町後期の建立とされ、本堂とともに重要文化財に指定される。左右には金剛力士像を安置している。
山梨県甲州市の雲峰寺本堂は、桁行五間・梁間五間の入母屋造で檜皮葺の屋根を持ち、正面に唐破風の向拝を張り出す室町後期の重要文化財。宝物殿には風林火山の孫子の旗など武田家ゆかりの軍旗が伝わる。
永禄4年(1561年)に武田信玄が本社の本殿として再興し、文禄3年に東宮へ移された一間社流造の社殿。構造は室町の特色を残し、彩色や彫刻は桃山以降の修理による。明治40年の指定で、境内でもっとも古い建物。
窪八幡神社神門は永正8年(1511年)建立とされる切妻造・檜皮葺の四脚門。境内の正面入口に東向きに建ち、門前の水路に架かる石橋も附として指定される。建立年の異説と構造の見どころ、見学の仕方を解説する。
窪八幡神社摂社若宮八幡神社拝殿は天文5年(1536年)建立の入母屋造・檜皮葺の拝殿。本社拝殿より約20年早く、装飾の少ない簡素な外観をもつ。『大井俣神社本紀』と『王代記』が建立年で一致する点や見どころを解説。
窪八幡神社摂社若宮八幡神社本殿は仁徳天皇をまつる三間社流造の本殿。本紀は応永7年(1400年)建立と記し、様式からは15世紀後半とされる。境内最古の社殿とされ、円柱の仕上げや破風の反りに古い形式を残す。
窪八幡神社鳥居は天文4年(1535年)建立とされる木造両部鳥居で、山梨市は現存する日本最古の木造鳥居と説明する。武田信虎の厄年に造られたとも伝わる。参道上の位置と、両部鳥居の構造の見どころを詳しく紹介する。
窪八幡神社拝殿(庁屋)は弘治3年(1557年)ごろの切妻造・檜皮葺の拝殿。十一間社流造の本殿に合わせた間口11間で、左右非対称と低い床から庁屋を兼ねたとされる。鰐口の刻銘や建物の見どころを詳しく紹介する。