鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大分県国東市国東町東堅来にある総高397センチの石造宝塔。元亨元年(1321年)に紀永貞が自らの逆修のため建てた国東塔で、在銘かつ完形のものでは最大とされる。昭和29年に国の重要文化財に指定されている。
大分県臼杵市深田の宝篋印塔は、通称を日吉塔という鎌倉後期の石造塔。凝灰岩の大石五個からなり総高は4メートルを超え、宝篋印塔として国内最大。昭和29年に重要文化財に指定された。満月寺の境内北端、竹林を背にして立つ。
大分県臼杵市の臼杵磨崖仏は、阿蘇の溶結凝灰岩に刻まれた平安後期から鎌倉時代の石仏群。古園石仏の大日如来像をはじめ四群61躯すべてが国宝で、磨崖仏として日本初の指定。仏頭復位の経緯や蓮の見頃、アクセスも案内する。
長野県小諸市の布引山釈尊寺にある観音堂宮殿は、正嘉2年(1258年)に建立された鎌倉時代前期の仏殿形厨子です。断崖の岩屋内に安置されていたため火災を免れ、現存唯一の鎌倉時代の梅鉢懸魚を伝える学術的価値の高い建造物として国の重要文化財に指定されています。
長野県上田市別所、北向観音の本坊・常楽寺に立つ石造の多宝塔。総高2.74メートルの安山岩製で、弘長2年(1262年)の銘をもつ。石造多宝塔で重要文化財に指定されているのは全国で二基のみで、鎌倉期の優品とされる。
長野県上田市前山の中禅寺薬師堂は、桁行三間・梁間三間の宝形造茅葺の仏堂で、昭和11年に国の重要文化財に指定された。須弥壇の位置が平泉中尊寺金色堂と共通し、方三間の阿弥陀堂形式をとる県内最古の木造建築とされる。
鳥取県三朝町の三徳山中腹に建つ三仏寺納経堂は、国宝投入堂と同時期に建立された一間社春日造の重要文化財。年輪年代測定により平安時代後期の建築と判明した貴重な山岳仏教遺産の魅力と歴史、参拝方法を詳しく紹介します。
出雲大社に伝来した国宝・秋野鹿蒔絵手箱は、萩の咲く秋野に憩う鹿を梨地に研出蒔絵と螺鈿で表した鎌倉時代の優品です。平安の優雅さと鎌倉の量感が交わる蒔絵の到達点を、技法・意匠・公開情報とともに紹介します。
島根県出雲市の日御碕神社が所有する国宝・白絲威鎧は鎌倉時代末期の大鎧。胴正面の不動明王染韋と純白の威糸が目を引き、文化2年に松平不昧が命じた先進的な修理でも名高い。実物は東京国立博物館に寄託されている。
東京国立博物館の敷地内にひっそりと佇む旧十輪院宝蔵は、奈良から移築された鎌倉時代の校倉造の重要文化財です。十六善神の線刻や内部壁画など、その見どころと歴史をご紹介します。
鎌倉時代中期の刀工・備前三郎国宗が鍛えた国宝の太刀。華やかな丁子乱れの刃文と腰反りの高い姿が見どころで、元文4年(1739)に尾張8代藩主徳川宗勝が持参して同家に伝来した。名古屋の徳川美術館が所蔵する。
本能寺の変後、明智光秀が安土城から持ち出し家老の津田遠江守重久に与えた織田信長の愛刀。鎌倉時代の刀工長光による華やかな丁子刃文の国宝で、前田家と将軍家を経て尾張徳川家に伝来し、名古屋の徳川美術館が収蔵する。
備前長船派の祖・光忠の希少な在銘太刀。元禄11年(1698年)、五代将軍綱吉の御成の際に尾張家三代綱誠が拝領したと伝わる国宝で、名古屋の徳川美術館が所蔵する。刃長72.4cm、蛙子丁子の刃文と乱映りが見どころ。
正応5年(1292年)の年紀と花押を刻む国宝太刀。来孫太郎銘は来国俊の俗称と伝わるが作例は本作のみ。徳川家康から尾張徳川家に伝来し、名古屋の徳川美術館が収蔵する。身長77.3cm、鎌倉時代の優美な太刀姿を残す。
徳川家康の遺品として尾張徳川家に伝来した国宝短刀「庖丁正宗」。幅広で重ねの薄い異形の姿と、刀身を貫く素剣の透かし彫りで知られる鎌倉時代の名工正宗の傑作を、徳川美術館での鑑賞ポイントや周辺情報とともに紹介します。
名古屋・徳川美術館所蔵の重要文化財「藤原公経筆懐紙(詠花有歓色和歌)」は、鎌倉時代の最高権力者であり百人一首の歌人としても知られる西園寺公経が、花の歓びを詠んだ和歌を自筆で記した貴重な書跡です。懐紙の歴史、公経の人物像、鑑賞のポイント、アクセス情報を詳しくご紹介します。
京都国立博物館所蔵の国宝・一品経懐紙は、西行や寂蓮ら平安末期の歌人十四人が法華経二十八品を歌題に詠んだ現存最古の和歌懐紙。西行真筆と目される稀少な一枚を含む。成立の背景、興福寺一乗院旧蔵の伝来、見どころを紹介する。
京都国立博物館が保管する国宝「漢書楊雄伝第五十七」は、現存唯一とされる唐時代の顔師古注本写本。欧陽詢風の書、皇帝の諱を避けた欠筆、天暦2年(948)の訓点が、日中をまたぐ千年余りの学問の歴史を映し出す。
京都国立博物館が所蔵する鎌倉時代の国宝。山の彼方から金色の阿弥陀が斜めに身を向けて来迎し、観音・勢至ら六菩薩を従える一幅。截金と皆金色で荘厳され、胸と右掌に残る欠失は、臨終の人が握った五色の糸の跡と考えられている。
京都国立博物館が所蔵する高麗時代の装飾経。一〇〇六年に千秋太后が寵臣金致陽と発願した金字一切経の唯一の遺巻で、見返しの絵は年代の確実な高麗最古の紙本絵画として知られ、十四世紀末には近江の金剛輪寺に伝わった。