鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
奈良市川上町の東大寺墓地に立つ石造五輪塔。屋根形の火輪の平面が三角形をなす珍しい形式で、重源の墓と伝わり、かつては源頼朝の墓とも呼ばれた。鎌倉前期の作とみられ、県内でも最古の部類に属する重要文化財。
奈良市阪原町の南明寺本堂は、鎌倉時代後期の寄棟造・本瓦葺の一堂。明治39年に指定された重要文化財で、堂内には平安期の薬師・釈迦・阿弥陀の藤原三仏がまつられる。柳生街道沿いの簡素な古刹。現在は一般拝観を停止している。
奈良市般若寺町に佇む国宝・般若寺楼門。鎌倉時代文永頃に建立された現存最古の楼門形式で、和様を基調に大仏様の意匠を取り入れた優美な名建築をご案内します。
奈良市北部の佐保路に佇む不退寺の塔婆(多宝塔)。鎌倉時代に建てられた重要文化財で、平安の歌人・在原業平ゆかりの寺に静かな存在感を放つ古建築をご紹介します。
奈良市法蓮町に佇む不退寺の南門は、棟札により正和6年(1317年)の建立と確認される鎌倉時代後期の四脚門。本瓦葺・切妻造で左右に御所塀を備え、板蟇股や冠木上の笈形風装飾は桃山時代の建築の先駆と評価されています。明治37年に国の重要文化財に指定された不退寺南門の歴史と建築の魅力、在原業平ゆかりの「業平寺」境内の見どころ、拝観情報、佐保路の周辺観光情報を詳しく紹介します。
法隆寺西院伽藍の西側に建つ国宝「三経院及び西室」。寛喜3年(1231年)再建の三経院と文永5年(1268年)頃建立の西室が一つの大屋根の下に並ぶ、十九間の長大な鎌倉建築です。古代寺院の三面僧房の姿を今に伝え、毎年夏安居の三ヶ月間は『三経義疏』の講義が行われる現役の学問の場でもあります。住宅風仏堂と僧房が共存する稀有な構成と、聖徳太子の学問を受け継ぐ伝統の魅力を、訪問のヒントとともに丁寧にご紹介します。
奈良・斑鳩の法隆寺西院伽藍東側に佇む国宝・聖霊院。鎌倉時代後期の弘安7年(1284年)に再建され、聖徳太子及び眷属像(国宝)を祀る仏堂です。寝殿造の対屋を思わせる平面と蔀戸を備えた優美な意匠、平安時代以来の太子信仰の中心としての歴史、そして毎年3月のお会式で今も生き続ける祈りの場としての魅力をご紹介します。
奈良県宇陀市の室生寺に建つ弥勒堂は、鎌倉時代前期の建築技法を伝える国指定重要文化財。入母屋造・杮葺の三間堂で、二重屋根の小屋構造など中世建築の貴重な遺構を残します。本尊・弥勒菩薩立像(重文)をはじめ、奈良時代後期から平安時代初期の名仏が伝わり、女人高野として知られる古刹の歴史と魅力をご紹介します。
奈良市西ノ京の薬師寺東院堂は弘安8年(1285)再建の国宝。享禄元年の兵火を東塔と共に免れた鎌倉和様仏堂で、像高約189センチの国宝・銅造聖観世音菩薩立像を祀ります。堂内は畳敷きで沓を脱いで参拝します。
奈良市西ノ京、薬師寺の鎮守である休岡八幡宮に建つ若宮社社殿。慶長8年(1603)再建の本殿より三世紀ほど古い鎌倉時代後期の建築で、一間社春日造・檜皮葺。大正2年(1913)に重要文化財へ指定された、境内最古の社殿です。
奈良市都祁地域に佇む重要文化財・来迎寺宝塔は、延慶3年(1310年)建立の鎌倉時代後期の石造宝塔。花崗岩に刻まれた精緻な意匠と約100基の五輪塔群が織りなす中世の景観をご紹介します。
奈良市西郊に佇む霊山寺本堂は、弘安6年(1283年)建立の国宝建築。華麗な和様意匠の仏堂、秘仏公開、世界のバラが咲く庭園、薬師湯など、歴史と自然が融合する古刹の魅力を紹介します。
奈良・長谷寺が所蔵する国宝「観普賢経」は、鎌倉時代に制作された装飾経「長谷寺経」全34巻の一つ。金銀の切箔を散らした料紙、金泥の界線、水晶の経軸など、中世日本の装飾経芸術の粋を極めた名品です。本記事では、観普賢経の歴史的背景、国宝指定の理由、見どころ、そして所蔵先である長谷寺への訪問情報まで詳しくご紹介します。
奈良・興福寺に伝わる重要文化財「絹本著色二天王像」は、鎌倉時代に絹地に描かれた仏画で、本来は四天王の一具として制作されながら、現在は二幅のみが現存する貴重な作品です。1180年の南都焼討後の興福寺復興期に、南都絵所の絵師たちが奈良時代の古典に範をとりつつも鎌倉新様式の萌芽を示した名品で、復興の精神そのものを体現しています。通常は非公開で、特別展などの限られた機会に拝観できます。
中国・唐代に織られながらササン朝ペルシア風の意匠をもつ法隆寺の国宝錦。径45センチほどの連珠円文のなかで、翼をもつ馬にまたがる四騎が振り返って獅子を射る。馬の尻に潜む「山」「吉」の二字が、製作地が中国であることを明かす。
奈良・唐招提寺の国宝「舎利容器」。鑑真が唐から請来した約三千粒の仏舎利を淡黄色の白瑠璃壺に納め、首を伸ばした金銅の亀が背負う金亀舎利塔に安置する。渡海伝説を映した造形で、公開は年に一度の釈迦念仏会のみ。
鎌倉時代に西大寺を再興した叡尊が文永7年(1270年)に造立した金銅宝塔の内部から見いだされた、仏舎利を納めるための水晶製の五輪塔。織物を縫い合わせた小さな包み裂を伴い、昭和30年(1955年)に国宝に指定された。
東大寺戒壇院の千手堂に伝来する、厨子入の木造千手観音立像と木造四天王立像(計5躯)の重要文化財。鎌倉時代後期、文永6年(1269)頃、律僧・円照による千手堂創建にあわせて造立されたとみられ、奈良で活動した仏師集団・善派の作風を顕著に示します。室町時代以降は秘仏として厨子内に納められ、当初の彩色や切金文様、別製の銅製装身具をきわめて良好な状態で今日に伝えています。
南宋の周必大が編んだ欧陽脩の文集を版行した宋刊本の国宝。鎌倉の金沢文庫に伝来し、ほぼ完本の39冊が天理図書館に残る。後世の定本となった南宋版の校訂の精度と、海を渡った一書のたどった数奇な来歴を見つめる。
奈良・天理大学附属天理図書館が所蔵する国宝「宋版劉夢得文集」。唐の詩人・劉禹錫(字は夢得)の詩文を収めたこの宋代刊本は、栄西禅師が宋から請来し、建仁寺に伝わり、足利義満も鑑賞したと伝えられる稀覯書。中国と日本の文化交流の結晶ともいえる逸品をご紹介します。