鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
奈良・興福寺に伝わる重要文化財「絹本著色二天王像」は、鎌倉時代に絹地に描かれた仏画で、本来は四天王の一具として制作されながら、現在は二幅のみが現存する貴重な作品です。1180年の南都焼討後の興福寺復興期に、南都絵所の絵師たちが奈良時代の古典に範をとりつつも鎌倉新様式の萌芽を示した名品で、復興の精神そのものを体現しています。通常は非公開で、特別展などの限られた機会に拝観できます。
中国・唐代に織られながらササン朝ペルシア風の意匠をもつ法隆寺の国宝錦。径45センチほどの連珠円文のなかで、翼をもつ馬にまたがる四騎が振り返って獅子を射る。馬の尻に潜む「山」「吉」の二字が、製作地が中国であることを明かす。
奈良・唐招提寺の国宝「舎利容器」。鑑真が唐から請来した約三千粒の仏舎利を淡黄色の白瑠璃壺に納め、首を伸ばした金銅の亀が背負う金亀舎利塔に安置する。渡海伝説を映した造形で、公開は年に一度の釈迦念仏会のみ。
鎌倉時代に西大寺を再興した叡尊が文永7年(1270年)に造立した金銅宝塔の内部から見いだされた、仏舎利を納めるための水晶製の五輪塔。織物を縫い合わせた小さな包み裂を伴い、昭和30年(1955年)に国宝に指定された。
東大寺戒壇院の千手堂に伝来する、厨子入の木造千手観音立像と木造四天王立像(計5躯)の重要文化財。鎌倉時代後期、文永6年(1269)頃、律僧・円照による千手堂創建にあわせて造立されたとみられ、奈良で活動した仏師集団・善派の作風を顕著に示します。室町時代以降は秘仏として厨子内に納められ、当初の彩色や切金文様、別製の銅製装身具をきわめて良好な状態で今日に伝えています。
南宋の周必大が編んだ欧陽脩の文集を版行した宋刊本の国宝。鎌倉の金沢文庫に伝来し、ほぼ完本の39冊が天理図書館に残る。後世の定本となった南宋版の校訂の精度と、海を渡った一書のたどった数奇な来歴を見つめる。
奈良・天理大学附属天理図書館が所蔵する国宝「宋版劉夢得文集」。唐の詩人・劉禹錫(字は夢得)の詩文を収めたこの宋代刊本は、栄西禅師が宋から請来し、建仁寺に伝わり、足利義満も鑑賞したと伝えられる稀覯書。中国と日本の文化交流の結晶ともいえる逸品をご紹介します。
奈良県桜井市の総本山長谷寺に伝わる国宝「長谷寺経」のうちの般若心経一巻。鎌倉時代の装飾経を代表する作例で、金銀の切箔や金泥の界線、水晶の経軸など、貴族の祈りと工芸の粋が結晶した祈りの書です。
奈良・長谷寺に伝わる国宝「長谷寺経」全三十四巻のうち、法華経の開経として尊ばれる無量義経三巻をご紹介します。鎌倉時代の装飾経を代表する優品で、金銀の切箔を散らした料紙、金泥の界線、水晶の経軸、そして見返しの極彩色仏画が祈りの心を今に伝えます。「花の御寺」長谷寺の歴史や見どころ、参拝情報とあわせてご案内いたします。
奈良・興福寺中金堂に安置される国宝「木造四天王立像」をご紹介します。鎌倉時代に慶派仏師が桂材で彫出した約2メートルの堂々たる四天王像は、躍動感あふれる姿で中金堂須弥壇を護り続けています。
興福寺南円堂に安置される国宝・木造四天王立像。文治五年(1189)の南円堂落慶供養に合わせて運慶の父・康慶の工房が制作した鎌倉時代の傑作で、陀羅尼集経に基づく稀少な持物を持ちます。毎年10月17日の大般若経転読会の日にのみ拝観できます。
奈良県吉野町の吉野水分神社に御神体として祀られる国宝・木造玉依姫命坐像。建長三年(1251年)に宣陽門院の発願で造立された鎌倉時代彫刻の傑作で、像内の墨書銘により造立年が確定する稀有な神像です。檜の寄木造・玉眼の技法を駆使し、宮廷女性の姿を写実的に表現した「日本第一の美女神像」の歴史的価値と、世界遺産・吉野水分神社の魅力を詳しく解説します。
奈良・興福寺国宝館に安置される国宝「木造〈天燈鬼/竜燈鬼〉立像」。建保3年(1215)、運慶三男・康弁の作と伝わる、仏前を照らす燈籠を捧げ持つ阿吽一対の鬼像の魅力と見どころを詳しく解説します。
富山県上市町、立山修験の道場として千三百年の歴史をもつ日石寺。本尊は本堂を抱く凝灰岩の巨岩に半肉彫りされた五体の磨崖仏で、平安後期の不動明王と二童子像、鎌倉期に追刻された阿弥陀如来坐像と僧形坐像が並ぶ、北陸最大級の磨崖仏。
福井県越前町の越知山大谷寺に立つ石造九重塔。元亨三年(一三二三)の銘をもち、白山を開いた泰澄大師の廟所と伝わる。笏谷石製で総高約四・五メートル、北陸を代表する鎌倉期の石造物として重要文化財に指定されている。
神宮寺仁王門は福井県小浜市の天台宗寺院神宮寺の北門で、鎌倉後期の建立とされ大正13年に重要文化財となった。三間一戸八脚門、切妻造こけら葺で、間口は約6.37メートル。両脇間には至徳2年の墨書をもつ木造金剛力士像が立つ。
福井県小浜市の山間にそびえる明通寺三重塔は、文永7年(1270年)建立の檜皮葺木造塔で、福井県内に二棟しかない国宝建造物のひとつ。和様を基調としつつ大仏様の「拳鼻」を採り入れた塔建築最古の例として、鎌倉建築史を代表する遺構です。本堂とともに、坂上田村麻呂創建と伝わる古刹の聖域を今に伝えています。
福井県小浜市の深い山間に建つ明通寺本堂は、鎌倉時代中期・正嘉2年(1258)再建の檜皮葺の堂宇で、福井県の建造物として唯一国宝に指定されている貴重な仏教建築です。和様の伝統美と新時代の建築技法を融合させた密教本堂の傑作で、内陣には平安後期作の薬師如来坐像など重要文化財の仏像四体が安置されています。同じく国宝の三重塔と共に、若狭の自然と一体となった荘厳な祈りの空間を今日に伝えています。
鎌倉時代の天福元年(1233年)、曹洞宗の開祖・道元が自ら清書した坐禅の指南書。永平寺が所蔵する国宝で、現存する唯一の真筆とされる。坐る意義と作法を四六駢儷体で記した全756文字の一巻と、その見どころや拝観の方法を紹介する。
太宰府市朱雀の丘に立つ花崗岩製の石造七重塔。古代寺院般若寺の跡に鎌倉時代後期に造立され、高さ3.35メートル、塔身の四面には金剛界四方仏の梵字が刻まれる。市内で最も古い層塔で、見学は時間を問わず無料で行える。