鎌倉
Kamakura鎌倉時代(1185 – 1333)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
千葉県鋸南町の妙本寺に伝わる、日蓮が建長6年(1254年)に感得した愛染明王と不動明王を自ら描き弟子に授けた2幅の古文書。昭和43年に重要文化財に指定。寺宝で常時非公開、10月の虫干しで公開されることがある。
文永10年(1273年)、佐渡流罪中の日蓮が著した主著『観心本尊抄』の自筆原本。富木常忍宛の添状と春日山蒔絵筥とともに国宝に指定され、千葉県市川市の中山法華経寺で700年余り守られてきた鎌倉時代の遺文である。
千葉県匝瑳市の長徳寺に伝わる鎌倉時代の仏画。縦136cm・横65.5cmの絹本に、石畳の上の宝瓶に坐る朱色の六臂の愛染明王を描く。昭和50年に重要文化財に指定。公開は年に一度、1月下旬の日曜日に限られる。
千葉県市川市の法華経寺が所有する中国・元時代の十六羅漢図。八曲屏風一双の16面のうち4面は後補で、四明の画人・趙の筆とされる。明治37年に旧国宝となり、現在は重要文化財。東京国立博物館が保管している。
千葉県市川市の法華経寺支院・浄光院に伝わる重要文化財「絹本著色日蓮上人像」。両手に経巻を開いて読誦する鎌倉時代の日蓮を、胡粉や朱、大和絵の彩色で写実的に描き、信徒が「水鏡の御影」と呼んできた一幅を紹介します。
千葉県匝瑳市の長徳寺が伝える国の重要文化財。四頭の六牙白象に支えられた蓮華座に、二十本の手をもつ普賢延命菩薩が坐す鎌倉後期の絹本著色画。金泥の肌や截金に時代の特色が表れる。公開は年1回、1月下旬の日曜のみ。
千葉県の香取神宮に伝わる古瀬戸黄釉狛犬は、瀬戸で焼かれた阿吽一対の陶製狛犬。高さ十七センチ台と小さく、手びねりに篦描きの毛並み、朽葉色の黄釉と荒い貫入が見どころ。中世の陶製狛犬は数例しかなく、昭和二十八年に重要文化財へ指定された。
令和5年に国の重要文化財となった小網寺の金銅密教法具20点。金剛盤などに刻まれた「金澤審海」の銘は、東京湾対岸の称名寺を開いた高僧とのつながりを示す。館山市立博物館で会える中世密教の優品を紹介します。
弘安元年、幕府が計画したという宗論の風聞を受け、かねて公場対決を待ち望んでいた日蓮が、身延山で歓喜のうちに認めた自筆の返書です。縦31.5センチ、本文21行。昭和43年指定、千葉・本土寺所蔵の重要文化財です。
成田山仏教図書館が所蔵する『住吉物語』は、鎌倉末期に写された現存最古の写本「成田本」。継母にしいたげられた姫君が大阪の住吉へ逃れ、長谷観音の夢告で救われる擬古物語で、本文研究の基礎となる重要文化財である。
千葉県松戸市の本土寺が伝える重要文化財「大学三郎御書」。鎌倉で滅んだ比企一族にただ一人生き残り、日蓮の庇護者となった比企能本に宛てた縦30.2cm・全長3.8mの書状を、あじさい寺として知られる古刹とともに紹介します。
延慶2年(1309)、亡き願主・実政の追善のために実胤が鋳造させた金銅の地蔵菩薩坐像。香取神宮の本地仏として造られた観福寺の懸仏4躯の一つで、先に造られた釈迦・観音の二躯には元寇に際した「異国降伏」の銘が刻まれている。
弘安5年(1282年)に仏師蓮願が鋳造した金銅の釈迦如来坐像。香取神宮の本地仏として円形の鏡板を背に負う懸仏形式で、銘文には蒙古襲来に際し元軍の調伏を願う「異国降伏」の文字が刻まれる。千葉県香取市・観福寺所蔵の重要文化財。
千葉県香取市の観福寺に伝わる銅造十一面観音坐像。香取神宮の本地仏として弘安5年に仏師蓮願が鋳造し、釈迦如来とともに元軍退散を願う「異国降伏」の銘を刻む。鏡板を光背とした四躯一具の重要文化財で、伊能忠敬ゆかりの古刹に納められている。
千葉県印西市の結縁寺に伝わる重要文化財。像高約47センチの小さな鋳銅製不動明王で、裳前面の刻銘から嘉元元年(1303年)の造像と分かる。両眼を見開く忿怒相が特徴で、秘仏として毎年9月28日のみ開帳される。
千葉県香取市の観福寺が伝える銅造薬師如来坐像は、もと香取神宮の本地仏として鋳られた金銅の懸仏4躯の一つ。明治の廃仏毀釈で吹き潰される寸前に救われた鎌倉時代の名品で、像高約33センチながら重要文化財に指定されている。
建長元年(1249)から明治初年まで、およそ620年分。日常置文に始まり、千葉氏の寄進状や大奥の参詣書状に至る839通が令和6年に重要文化財へ。市川・中山の大本山と、その文書が語る歴史を訪ねる手引き。
千葉県市川市の法華経寺が護持する日蓮の自筆遺文。巻子56巻ほか百余点に及ぶ真蹟で、富木常忍ら在家の信者に宛てた書状と論述が中心をなす。昭和42年に重要文化財へ指定され、現在は境内の聖教殿に保管されている。
千葉県一宮町の玉前神社に伝わる鎌倉時代の白銅鏡。直径20.5cmの背面に洲浜、梅の老木、2羽の雀、ススキを写実的に表す。縁の2穴から神前に懸けた御正体とみられる。現在は大多喜城分館に寄託され、分館は改修のため休館中。
千葉県鋸南町の日本寺に伝わる元亨元年(1321年)の梵鐘。下野の鋳物師卜部助光の作で、下野の天宝寺から鎌倉の浄妙寺を経て日本寺に渡った経緯を銘に刻む。鐘楼が2019年の台風で被災し、現在は法堂内で保管している。