平安
Heian平安時代(794 – 1185)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
石山寺本堂は大津市の石山寺の中心堂宇で、永長元年(1096年)再建の正堂と慶長7年(1602年)の懸造の礼堂からなる国宝。勅封の秘仏如意輪観音、胎内から見つかった金銅仏、源氏の間、内陣拝観の料金と停止日を紹介。
大正十三年、比叡山横川の如法堂跡から銅筒に納められて出土した平安時代の金銅経箱。長元四年に上東門院藤原彰子が書写した法華経を納めた品で、蓋には籠字で妙法蓮華経の五字が刻まれる。京都国立博物館蔵の国宝。
七条刺納袈裟は、滋賀県大津市の延暦寺が所有する唐代の七条袈裟で、昭和41年に国宝に指定された。伝教大師が唐から請来したと伝えられ、麻地に色糸を刺繍した刺し子の袈裟で、麻製の遺品として極めてまれである。
滋賀県大津市の石山寺に伝わる国宝「越中国官倉納穀交替記残巻」は、奈良時代の越中国(現在の富山県)における官倉の穀物管理と引き継ぎを記録した貴重な古文書です。紙背には密教文献が書写され、古代行政と仏教文化の交差点を今に伝えます。
延暦交替式は、国司の交替手続きを定めた平安初期の法令の写本で、石山寺所蔵の国宝。延暦22年に菅野真道らが撰進した全41条の本文を含み、紙背には淳祐内供筆とされる梵字の悉曇章が記される。律令官制と密教の学問、二つの世界が一巻に重なる。
延暦寺が所有する国宝の古文書。天台宗の開祖最澄が唐から持ち帰った法具などを書き上げた自筆の目録で、巻頭を火災で失い「羯磨金剛」の語から始まる。各品の末には弘仁二年の日付と署名が記される。東京国立博物館に寄託。
6世紀の梁で顧野王が編んだ漢字字典『玉篇』は中国で散逸し、本来の姿は唐代の写本によって日本にのみ残った。石山寺の本巻は全30巻のうち巻第廿七の後半にあたり、糸部などを収める。前半は京都の高山寺が所蔵する国宝である。
滋賀・大津の三井寺が伝える国宝の仏画。全身を黄色に塗った不動明王を、背景を描かず虚空に立つ姿で表す。円珍が感得したという伝承に結びつき、単独の不動明王画として現存最古の作とされる。日本三不動の一で、原本は秘仏。
弘仁14年(823年)、嵯峨天皇が僧光定の受戒を証して自ら筆を執った戒牒。最澄が悲願とした比叡山の大乗戒壇設立にちなむ文書で、確実な真筆として唯一伝わる国宝。楷書・行書・草書を交える破体の書が見どころで、延暦寺国宝殿に収蔵される。
比叡山延暦寺に伝わる平安時代の古文書。入唐した最澄が、天台山のふもと台州で道邃和尚から天台教学とともに大乗菩薩戒を相承したことに連なる一巻で、のちに比叡山の大乗戒壇と日本天台宗の自立を支えた根拠の一つ。明治33年に重要文化財指定。
滋賀県湖南市の天台古刹常楽寺に伝わる平安期の錫杖。鋳銅製で、輪部に宝塔や水瓶、雲形の意匠を据えた荘厳な造りが特色である。左右の遊鐶は失われている。明治44年指定の重要文化財だが、収蔵される寺宝のため公開は事前確認を要する。
滋賀県大津市の石山寺が所蔵する国宝・釈摩訶衍論は、唐時代に書写された五帖の折本である。竜樹の撰述を称するが実際は七〜八世紀に唐または新羅で成立した『大乗起信論』の注釈書で、現存する唐写本として希少な一品。
滋賀県の石山寺が所蔵する国宝。中国の杜預が編んだ『春秋経伝集解』の巻第廿九を平安時代に日本で書写した残巻で、紙背には金剛界の密教儀軌が記される。漢籍の写本と密教の修法が一巻に同居する希少な典籍である。
石山寺に伝わる国宝「春秋経伝集解巻第廿六残巻」は、中国の古典を平安時代の日本で書写した一巻。杜預が編んだ注釈書の写本で、紙背には仏教の戒律「四分戒本」を記す。古い本文と訓点を残し、当時の経書の読み方を今に示す資料である。
石山寺第三代座主・淳祐内供が平安時代に書写した自筆聖教。高野山で弘法大師の御衣にふれた手に香りが移り、書写した聖教にもうつったとの伝承から薫聖教と呼ばれる。国宝83巻1帖で、2025年には10巻が追加指定された。
周防国玖珂郡玖珂郷で延喜八年(908年)に作成された戸籍の断簡。律令制下の造籍制度が衰退する時期の貴重な記録で、紙の裏に密教の儀軌が書き写されたことで現代まで残った。昭和28年に国宝に指定され、滋賀県の石山寺が所蔵する。
滋賀県大津市の園城寺に伝わる国宝で、入唐求法に赴いた円珍に関わる九世紀の古文書群。唐の役所が発給した通行許可証「過所」二通を含み、伝世する過所の実例は世界でこの二通のみ。二〇二三年にユネスコ「世界の記憶」に登録された。
比叡山延暦寺に残る国宝の古文書。最澄が八〇五年に唐から将来した経典や法具を書き上げた目録で、自筆を含み、唐の刺史鄭審則の跋と官印、遣唐使一行の署名が加わる。仏教史にも公文書史料としても貴重な一巻である。
延暦寺が所蔵する国宝。唐の役所が留学僧・最澄に発給した八〇四年の明州牒と八〇五年の台州牒を一巻にまとめた通行許可書である。最澄が自ら記した申請部分はその真筆と認められ、九世紀初頭の唐代官文書としても、日本天台宗の原点を示す資料としても貴重。
延暦寺に残る国宝の巻子。天台宗を開いた最澄自筆の六通の文書を収め、天台法華宗が年分度者の枠を得て国家に公認され、比叡山に独自の大乗戒壇を求めていった経緯を記す。最澄の筆跡を今に残す第一級の同時代資料である。